2010/03/10
患者さんとの距離の取り方は、長年医師をやっていても難しい。
「『もうあきらめていたんでしょ』と言われて心が傷ついた」と外来で、ある患者さんが嘆かれた。
夫が長患いの末、総合病院で最近亡くなられた。
確かに治ることはあきらめていたし、先が短いことは承知していたのだが、
2人暮らしの連れ合いを失い、悲しんでいる身にこんな言葉を掛けられても、
慰めどころか悲しみに追い打ちをかけられただけだったと訴えられた。
長年、担当した主治医は、この奥さんの心中を十分に理解しているつもりだったのだろう。
「もうあきらめて・・・」という言葉の前後に「元気を出しましょう」などの
慰めや励ましの言葉が続いていたのだろうが、
この一節だけが奥さんの心に刺さって残ってしまったようだ。
私も患者さんから聞いたこのような話は客観的に解釈できるが、
日々の診療で医師として同じ過ちをしていないという自信はない。
近しい関係になり、互いにより気兼ねなくお話しできれば
最高の関係と思いがちだが、医師は家族や親友とは違う。
医療を介して、あくまでも患者さん側が医師に近づいたり遠ざかったりという関係だ。
その時の患者さんや家族の心情、医療に対する距離感を理解せず、
誤ってその心の芯に触れれば傷つけてしまう。
この患者さんはその後、ご自身が入院が必要となり、
「どの病院に行かれますか」とお聞きした時に、
「夫が亡くなった病院には行きたくない」と言われた。
病院の医療レベルや対応の善しあしではなく、
ただ単に夫が亡くなったその悲しい場所に行きたくないというお気持ちだった。
結局、長年親しんだ病院ではなく別の病院に紹介した。
「医療圏に中核病院が一つあればよい」という話を時に耳にするが、
それは医療提供者の傲慢であろう。
人は必ず死ぬものであるから、医療は患者さんの死から逃れることはできない。
患者さんや家族の心情を理解できれば、地域に拮抗・競合する病院が
複数必要だというのは自明の理ではないだろうか。